ひとりころせばひとごろし、ひゃくにんきればえいゆうだ。
 それでもこの手が赤いのは一緒、
 けれどたとえ万人に否定されたって君にだけはこの手をとってほしい。













ア ナ ペ ス ト













「まさかだよなぁ」
 思わず口に出していた。そう言わずには居られなかった。
 鏡の泉と呼ばれる此処ではこちらの姿を模した魔物が出てくる。やりにくい事は明らかだったが、ただ容姿を真似てもあちらが魔物ということに変わりはなく、明らかに人とは違う気配を持つソレを切り刻む事に躊躇いはなかった。そして元より自分達はそれほどお人よしな集団ではない。この場所に踏み込んだ時から覚悟はしていた。仲間に似たモノを殺すということを。自分だってそんなに善い人間では無い、多少心は痛めど剣に躊躇いはのせなかった。
 しかし、だ。
 目の前には輝くようなプラチナブロントの髪が、美しい陶器の肌はいつも見る修道服に覆われている。ただいつもと違うのは、その青い目は光を映さず、漂う空気は異形そのもの。そりゃそうだ、これは彼女ではない。
 そうは言っても。
「よりによって俺がお前を切るのか、テミ」
 汗ばんだ手で剣を構えなおせば、目の前のモンスターは短剣を握りしめた。
 それが合図で、俺は一気に踏み込む。テミは戦闘要員ではない。案の定簡単に懐へもぐりこむ事が出来、すぐさまミスリルの剣を滑らせた。魔物はのけぞるように避けたが、切っ先は腹を真一文字に傷つけた。
 剣から肉を斬る感触が伝わり、思わず震える。
 魔物は表情一つ変える事無くそのまま後ろにわざと吹っ飛ばされ、へたくそな着地を行う。すぐさま腰の杖を手に取ると、小さく詠唱しだした。すると体があわく輝き、ふわりと美しい風が吹く。
「…たまんねぇな」
 次に魔物が俺を見た時は、まるで何も受けてませんみたいな涼しい顔をしていた。俺はため息を吐く。大回復の杖は、卑怯だ。
 これから何度もこいつを斬らなければいけないのか。回復が追いつかなくなるまで。
 ままならない手で無理矢理に剣を握り直し、俺はもう一度踏み込んだ。

 気持ちを伝えるにはお互い制約がありすぎた。身分が違う、背負っている未来が違う。同じなのは気持ちだけなのに、それは共有出来ない。
 君が祈る姿はたまらなく美しくて、見ているのが好きだ。けれど何より君は居るだけで素敵だ。
 想いを飲み込む姿を見たくもないし見せたくもないから、良くお互い背中を向けるけども。

 肉を断つ音がした。骨に当たったのでそのまま差し込む。酷く鈍い感覚が腕に伝わる。まるで胸に倒れこむ様な形になり、噴き出す鮮血のスローモーションの中、俺はその魔物の顔を見た。
 同じ様な色をした瞳はまるで伽藍堂、恐怖も何もない。見えるのは間抜けな顔をした俺だけ。
――いつも見える、愛も無いか?
 蹴るのと同時に剣を引き抜いた。一層大きな赤い噴水が上がった後、他の魔物のようにその体は粉の様に消えていった。残ったのはどす黒い赤、そして嫌に落ち着いた俺だった。
 俺達は命を長引かせるために命を奪う。生命を斬ったこの腕は酷く重い。
 それでも望まれる。進まなければいけない。誰かの為に、奪い続けなければいけない。
 風が吹いた。冷たい風だった。後ろは大丈夫だろうか。仲間は誰一人欠けていないだろうか。頭の奥が妙に冷たくて、変に冴えていた。目を瞑る。皮膚についた血が乾いてひきつる。剣の柄にはまだ何か残っている。
 いつかこの腕が君を殺すだろうか。
 それでも君は祈ってくれ。聖女よ、俺への愛に躊躇う事なく、祈ってくれ。