君が触れたものなら全て輝いているように見えていた。太陽よりも酷い熱を持って月よりも眩い。魔法をかけるように全てをセンセーショナルにする君、そう君だ、聖女よ。




We can't stay here.




 祈る君を見ている僕は酷く矮小だ。戯れの右手で弄るナイフが閉じたり開いたりする音が、君の背後で大きくうねる。
 礼拝堂で君は祈る。僕はそれを見ている。君の柔らかなプラチナブロンドの髪がステンドグラスの光を受けてキラキラとしている。パチン、ナイフを開いて閉じる度に間抜けな音が響く、パチン、酷く耳触りだ。抱え込んだ右足を更にきつく抱きしめる。君は祈る。僕はナイフを弄る、パチン。
 祈りの為に閉じられた瞼を縁取る、長い、髪と同じ色をしたまつ毛。震える事すらないそれに僕は些か不安を覚えて、今にもその瞼をこじ開けてやりたいと思った。その眼球は今何を見ているのだろうか、居もしない神だろうか。
 僕は死んでも祈らない。神を信じないからだ。信ずるものは救われますだなんてどうしようもない嘘だ。君が微笑んでそう言うから僕は敢えて否定をしたりはしないけれど、そう思う。だから祈らない。だから僕は、祈る彼女を待つ、ナイフを弄る、パチン。パチン。
 何百年と時が経ったような気がしてしまうほど、今が酷く苦しい。だから祈る彼女を見るのは嫌いだ。
「…静かに待てませんか」
 薄い、薄い唇が静かに開いた、パチン。今まで以上に僕のナイフを弄る音が響いた。まつ毛が震えて、瞼が開かれ、待望していた君の海を想わすような青い瞳が僕をとらえた。そこに映っているのは、同じ青でも下種い色の頭を持つ馬鹿そうな男だった。
 君の聡明そうな顔立ちが好きだ。
 立ち上がる、そして僕の方へ歩み寄る。その間僕は君を目で追う事しか出来ないでいる。
「またこんなことをして」
 君が僕の左手首に触れた。流れ出る血が揺れて僕は世界の終わりを願う。閉じられたナイフの刃は赤く濡れている。パチン、その音はもう響かない、彼女が僕をとらえた時点で全て終わり。
「愚かなことを」
 君の白い指が僕の傷を撫でる。淀んだ刺激が左手首から僕の脳みそを溶かしにかかる。神様は居ない、君が祈るのは偶像。ぼんやりと僕が君の指を見ていると、上でゆるく空気が動いた気がした。目線だけ上へ投げかけると、君は海色の瞳を小さくゆがめて、僕の傷口をひっかいた。
「アア」
 漏れた吐息は、酷く近い彼女にかかっただろうか。
 君が触れたものなら全て輝いているように見えていた。僕の何百回とえぐった傷ももうキラキラとしすぎて見えないよ。僕は願う、いつか君がこの傷に全力で爪を立てながら、祈るのではなく世界を呪いますようにって(けれどそれは起きない、僕は君を待つ、ナイフを弄る、パチン)。