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星がうるさい。





 ジャングルの夜は静かだ。梟が時折低く鳴くのを除けば、星が瞬く音さえ聞こえそうだった。
 本当の暗闇をここでは一生知り得ないだろう。輝く星を見ているとそう思う。
 その時、後ろで樹が揺れ、草が震えた。柔らかな草花を踏みつぶす音は聞きなれたそれで、愛しさにくらくらする。
「よお」
 声を聞かなくても誰か分かっていた。
「こんばんは」
「今日は星がうるせぇな」
 隣に腰をおろして彼女は何でもないようにそう言った。
「…まったくです」
 笑いだしたいのをこらえながら答えた。
 眼下には日中我々が戦場として使っていた野原が広がっている。ジャングルの中でも一番高い丘の上で、夜中に彼女に会う。
 夜中ならば私達はお互いの咽元を狙わなかった。夜中だけは昔の二人に戻った。
「今日もくそほどアマゾネスが死んだよ」
 星がうるさいと言ったのと同じ様な調子で彼女が言う。
「アミが泣いて大変だ」
「一度泣くとやかましいですしね」
「墓穴が追いつかない」
「こっちも同じ状況ですよ」
「俺も、」
「…」
「泣くのが追いつかない」
 何でもない事のように言う。夜と昼は違う世界、日が落ちる前と後では違う自分、それでも彼女の変わらないところは、左手の斧は絶対離さない。
「ねえ」
「ん」
「もうやめませんか」
 触れてみる。右耳のピアス。彼女が長を任された時にしきたりで開けたピアス。金色のそれは月明かりを受けて怪しく光る。彼女は私が触れても目の前の野原を見ていた。
「戦争を、か?」
「私はあなたが泣くのに耐えられないんですが」
「お前、馬鹿言うな。この戦争が終わるのは俺がお前の首をとった時だけだぜ?」
「そうですかねぇ」
「それが嫌なら自分で首切って持ってこい。死ね」
「それの方が嫌ですねぇ」
 憎悪も愛情も何も感じない。星がうるさい、それと同じ、何でもないことのようにそう言う。事実何でもないのだろう。淡々と彼女は話す。その横顔は綺麗だ。
「いまさら止めれないさ」
 私はまだ彼女のピアスを弄っている。彼女の横顔を見詰めたまま、右手で。彼女は左手で斧をつかんだまま、同胞がたくさん死んだ戦場を見ている。
「エルは」
「うん」
「泣くだろう」
「いえ、」
「隠れて」
「アアそうですね」
「そっちも墓穴が追いつかないか」
「だから我々は石に名前を刻むだけです」
「そうか」
 星がうるさい。ふくろうよりも何よりも星がうるさい。君のピアスは冷たい。前を向く君のまつ毛は濡れてもつれている。
「ねえ」
「何」
「触れたいです」
「触れてるじゃねえか」
「いえ、もっと深く」
 あなたを悲しませるのが我々ではあるがあなたも我々を悲しませる。強く強くあるべきだ、私達は。私はもう涙を忘れた。私は泣かない。数年前この時間に此処で会った時、あなたは咆哮するかの様に泣いていた。泣いて泣いて私の名前を叫んですまない殺さないといけないと泣いた。ああ、あの時、そうあの時ほど美しい時間はなかった。その瞬間から形の良いその耳にはピアスが、そして私は私達の終わりを知った。
「もう私の目の前では泣いてくれないんですか」
「泣かない」
「泣いて欲しい」
「変態」
「べったべたに愛してあげるのに」
「んなもんいらねぇよ」
「つれないなぁ」
 月夜に私の髪は美しくはえるだろう。やはりあなたには太陽が似合う。生命の色をした髪がはじける瞬間を想う。べたべたに愛してあげるのに。ゆっくりと目を閉じた。きらめく星が瞼の裏で残光に瞬いた。
「私は愛したいよ」
 梟よりも低く、星よりも小さく、そう呟くと、私の瞼の向こうであなたの視線が動いた。それがたまらなく愛しくて、そして私はこの月が落ちれば、どうあなたを殺すかを、考えるのだ。